ESSAY|エッセイ

父・河崎利明 遺稿集

挨拶・T君結婚式 その場でつくる

父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」より

先ほど会場の受付で名札を受取って居りますと、廊下で煙草をすひ、来賓の一人と話をしてゐた新郎のT君が煙草をもみけし血相を変へてとんで来て、廊下のすみに私を拉致し声をひそめて、「今日、お前がスピーチをするさうだが、たのむ、俺のいふ通りの事をいって呉れ。礼は望みにまかせる」。「何といふのだ」、「俺の人物の大きいこと。人格清潔なこと。常識豊かなこと。この三つだ。あとの事は何もいふな」

 

そこで商取引が成立致し、私は用意してきた原稿をすてました。これには深い訳がありまして、彼は結婚披露宴破りとして、我々の披露宴に現れてはスピーチでぶちこわすのが常でありました。私の時は、私の母があとで悔し泣きに泣きました。Y君の時はこともあらうに彼の過去の女性関係の話を始め、となりで私が彼の足を蹴って注意すると、彼は私の足を蹴返して話をつづけたのであります。この復讐が本日行はれるのではないかと惧れ、彼は私を買収せんとしたのであります。

 

私は商人でありますので快く商取引に応じ彼のいふ通りの事をこれより申します。第一、彼の人物の大きいこと。これは十二文甲高の彼の足に比例して大きいので、後刻新郎新婦が出口で皆様をお送りする時お辞儀のついでに彼の足を見てお確め下さい。第二は彼の人格の清潔なこと。毎度足の話になり恐縮ですが、これは風呂嫌ひな彼の足の反比例でありまして、夏、彼の足は特に不潔でプンプンと匂ふ。彼の精神はこれに反比例して清潔とお考へ下さい。次に彼の常識の豊かなこと。彼は愛読書たる低級週刊誌により極めて広い常識を養って参りました。しかし、一歩つっこんだ話は是非さけて下さい。そして同じ話題で三分以上話さないで下さい。彼は必ずボロを出します。これが刀をふりかぶって切り下さぬ武士の情であります。

 

今日、花嫁を拝見しますと誠にお綺麗、その上才気のひらめきも感ぜられ、本日アメリカのライフ社の撮影隊が「日本の結婚式・披露宴特集」として見えられたのにふさわしい式であり披露であります。T君がこんな理想的な妻を得られたことにつき、一つの諺をもって挨拶の終りと致します。その諺は「はきだめに…」、これは失礼、一寸間違へました。三十八歳の彼にとり「残りものに福」であります。

 

(このあと数百人の来賓中の主賓や、その他多くの方々が私の席に来てこんな面白いスピーチははじめてだと喜んでくれた。もっとも、新郎は苦虫をかみつぶしてゐた)

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父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」

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