糸蒟蒻の話

父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」より

父・河崎利明 遺稿集

Essay|エッセイ

ある冬の夕方、渋谷の東急百貨店から家に電話した。「何か買って帰るものないか?」女房曰く、

「豆腐ある、ねぎある、牛肉ある、糸こんにゃくない」 生まれてはじめて糸こんにゃくを買った。ビニールの袋に入ったソーセージ形の糸こんにゃくはぶやぶやして、はなはだ感触がよろしい。クルクルと紙に包んでくれた。百二十円渡す。

 

百貨店を出ると外は暮れ、ラッシュアワーがはじまっている。

バスに乗り込んだ。たいそう混んでいる。

 

そのうち、前の人の外套の大きく開いたポケットが目に入った。スリをするのはよくないが、入れるのはどんなものだろう。家に帰ってこの人がポケットに手を突っ込み、あのグニャッとしたやつを掴むのはどんなものだろう、と、考えたらもう我慢できなくなった。紀ノ国屋のカーブのところで紙包みをほどき、ビニールのままストンと入れた。

 

気付いた様子はない。いろいろ考えたが、やはり楽しかった。

近所の豆腐屋で糸こんにゃくをニヤニヤしながら買って帰った。

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父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」

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