名刺 OHANASHI

父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」より

父・河崎利明 遺稿集

Essay|エッセイ

慶應の本科の時、名刺が欲しくなって銀座の鳩居堂に百枚たのんだ。名刺が出来てポケットに入れ新橋の方に歩いて行くと、トリコロールの前で級友のYに逢ひ早速名刺を一枚渡し、あとは机の中に入れたままにして置いた。

 

築地の水上警察署から電話があった。簡単に身分、学校名、父の職業を聞いてから「あんたの名刺を持った若い女の水死体があがった。身分が判らないから来てくれ」とのことだ。早速一枚しか使っていない事情を話した。それからYと一緒に水上警察に伺った。途中、Yに訊くと、名刺を貰ったその足で芝浦でアイスホッケーの試合を見に行った。隣りの女性と話し名前をきかれたのでお前の名刺を渡したとのことだった。

 

警察で一通りの事情をきかれYはその女は中野に住む薬剤師としかわからない。名前は知らないといった。一応本人かどうか見てくれと確認を求められ地下室へ行った。私も後に続いた。

地下室といっても明るい。後ろが川面だからだ。コンクリートの一室に死骸はアンペラをかぶってゐた。アンペラをめくって顔を見せられたがYはさうとも、さうでないともいへない。唯八重歯が目立ったといふ。それではと警察が死体の口の中に指を入れ、グッと開けた。歯が一本もない。

 

だからこれはおはなしである。(途中までは事実)

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父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」

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