モロッコの一大学生

父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」より

父・河崎利明 遺稿集

Essay|エッセイ

娘とモロッコを二十七日間旅をした。南の砂漠地帯のフェズ、ムーレイ・イドリスを経て最後に首都ラバトに来たら一日予定が余った。そこでカサブランカに行かうと思った。汽車は一日二本で無理、安宿ばかり泊り予算も余ってゐたからタクシー乗場で交渉した。なんと三十粁のところ、ごろつきのような運転手に「十万円でどうだ」とふっかけられ、驚いてやめたらあとをつけて来て「八万円、五万円、三万円」と値を下げ出した。

 

すると横から爽かな顔をした大学生が現れ、「タクシーはやめなさい。僕もカサブランカに行く。バスなら九十円ですよ」と少し離れたバスの停留所に誘導してくれ、一緒にバスに乗りこんだ。三人掛けで一番窓側が彼中央が私で、通路側が娘だった。

私は娘にモロッコ共産党党首でパリに亡命したベン・バルカの話をした。バルカは金大中のようにモロッコの秘密警察に誘拐され船でフランスからモロッコに連れ戻された。唯日本の違ふのは、ドゴールが激怒し大使をひきあげ、外交関係を断絶したことだ。日本語で話してゐたが、ベン・バルカ、ベン・バルカといふ言葉が彼の耳に入った。その学生がフランス語でそっといた。「ベン・バルカの話はやめなさい。どこに秘密警察がいるか判らない」。そして小声で判りやすいフランス語で次のような話をしてくれた。

 

「マホメットの子孫と偽称するハッサン二世、王家一族はあらゆる経済を独占してゐる。茶もテレビも王室が握ってゐる。王家専門の広大な狩場がある。王女のために大きな海水浴場もある。王宮はモロッコ全土に三十ヶ所もある。そして宗教で国民を麻痺させてゐる。町中に秘密警察がいっぱいゐて、家庭に国王の写真を飾っていない家の人、一寸した反政府言動の人はすぐ刑務所に入れられる。今、二十万人の政治犯・反政府活動家はどこの刑務所とも知らず幽閉されてゐる。ベン・バルカもそうだ。

 

学生の中にもクラスに二人エスピヨン(スパイ)が居る。彼等は失業率二十五%のモロッコで将来の官吏の職を約束されてスパイになってゐる。クラスに二人だがお互同士スパイである事は知らない。そして二人が共通して指摘した過激的は学生、やや過激的な学生も刑務所に入れられる。そのため国民も学生も骨抜になり、軍独裁を許してゐる。この実状をどうかあなたから世界に知らせてくれ。僕はカサブランカ大学生だが名はいへない。たのむ」といい残して大学前で下りて行った。実にすがすがしい学生だった。

 

私は一言ひとこと娘に翻訳した。娘は、「日本の明治維新の志士のやうだ」といった。

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父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」

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